自称「松平賴壽研究家」としては非常に興味深い1本の松。
松平賴壽伯がお手植えされたという「山錦」である。高松城披雲閣の北側披雲閣庭園の松の間のすぐ前に植えられています。完成時期に植えられたとしたら110年、そのころ樹齢10年であったとしたら樹齢120年の山錦となる。
国分寺町の末沢喜一翁が錦松の接木培養を成功したのが1894年でその以降から市場に流通され錦松の存在が明らかになってから130年程であるから、相当話題が沸騰していた時代に入手したものと予想されます。
披雲閣は当時のお金で15~20万円、今のお金にすると15~20億円ほどその1割が庭に使われたとしており、さらに噂ではその1割がこの山錦の購入費だったのでは?と言い伝えられています。
もっとも明確な資料が残っていないので定かではない「説」であるが、その「説」を信じ眺めると貴重性が上がるので不思議です。
